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手話通訳のはなし。

どうして手話通訳をするようになったのか、時々質問されることがあります。

 

私が手話を覚えたのは大学の手話サークルでした。

(手話との初めての出会いはもっと幼いころにあるのですが、その話はまたいつかどこかで)

 

新歓の場で先輩が手話サークルの勧誘をしていて興味を持ったのがきっかけです。

夏休みくらいまでは行ったり行かなかったりのあまり熱心でないサークル員でしたが、学園祭の出し物の練習を機にのめりこみました。

 

大学内に耳の聞こえない学生が数名いたため、2年生になるころには大学内で講義の手話通訳をするようになりました。

その当時は今のような情報保障体制はなく、手話サークルのメンバーが自主的に手弁当で行っていたのです。

 

まさかその後、20年以上にわたり手話通訳をすることになろうとは、学生の頃は思いもしませんでした。

 

 

在学中に茨城県の手話奉仕員の試験を受けて登録し、卒業して引っ越してからは転居先の千葉県市川市の手話通訳として登録。

基本的に手話通訳は自治体に登録して派遣されるのですが、地元地域以外でも活動するには手話通訳士の資格もあったほうが便利ということで、手話通訳士の資格も取りました。

 

今は千葉県柏市で活動するとともに、ご縁があったいくつかの団体に登録をして通訳活動をしています。

 

 

 

手話というのは日本語とは異なる言語で、異なる語彙や文法を持ちます。

本当に奥が深く、習得するのは難しい。

また、「手話ができる」ことと「手話通訳ができる」ことはイコールではありません。

手話通訳歴は長いですが、今でもまだまだ成長途上です。

日々精進を重ね、お役に立てる限りはがんばっていこうと思っています。